不機嫌を誰かにぶつけてしまう人と、ぶつけない人の違い
今日は、ある人から
「嫌なことがあったとき、誰かに当たってしまったり、不機嫌になってしまったことはありませんか?」
と聞かれました。
その方は、そうなってしまう自分自身に悩んでいると話してくれました。
私はそのとき、
「我慢をし続けるのではなく、自分を大切にすることが大切だと思います」
と伝えました。
私は楽観的なタイプで、不機嫌になって誰かに当たることは、ほとんどありません。
嫌だったことやモヤっとしたことは、その場で言葉にして伝えたり、あとで誰かに話を聞いてもらって気持ちを整理したりします。
誰にも相談しづらいことは、ChatGPTに聞いてもらうこともあります。
自分なりに、気持ちを発散したり、整えたりする方法を持っている方だと思います。
「自分の機嫌は自分で取るもの」
それは、大人として当たり前のことだと、ずっと思っていました。
でも、夫はそれがとても苦手な人でした。
最初は、まったく理解できませんでした。
「相手がおかしい」「悪いのは夫」「やめてほしい」「改善してほしい」
そう思い続け、何度も衝突しました。
当時の私は、
私が正しくて、相手が間違っている
そう信じることで、必死に自分を守っていたのだと思います。
夫は、さまざまなストレスに対して、自分の思いを抑え込み、我慢するタイプです。
それは家庭の外では特に顕著で、仕事や人間関係で溜め込んだものを、家に帰ってから吐き出すことがありました。
家庭外で抑え込んだものと、家庭内で起こるストレスが重なり、
長時間続く不機嫌や、きつい言葉として、私に向けられることもありました。
そのたびに私は、「それはモラハラだ」と訴え、
「私がつらいからやめてほしい」と、必死に伝え続けました。
正直、離婚を考えるほど追い詰められたこともあります。
「モラハラをする人は反省しない」と言われることがあります。
確かに、夫も「自分は悪くない」と思い込んでいる時期が長く、なかなか振り返ることができませんでした。
それでも、落ち着いているタイミングであれば、少しだけ話ができることもありました。
そんな中で、あるとき夫が言った言葉があります。
「君が忘れ物やうっかりミスをなくせないように、
俺は感情のコントロールができないんだ」
その言葉を聞いたとき、ハッとしました。
私にとって当たり前にできること(感情のコントロール)が、
夫にとっても簡単にできるとは限らない。
夫は「困った人」ではなく、
「困っている人」だったのかもしれないと、初めて思いました。
「やめろ」と言うのは簡単です。
でも、やめたくてもやめられずに、本人も困っている。
しかも、そのことにすら気づいていなかった。
そこから、夫自身も少しずつ自己分析ができるようになり、
「自分は感情のコントロールが苦手なんだ」と自覚するところまで来ました。
背景を知るようになって、私の見え方も少し変わりました。
夫は、私よりもはるかに過敏で、いろいろなことに気づく人です。
刺激を受けやすく、完璧主義で、「まあいっか」がとても難しい。
その分、疲労が溜まりやすく、心の余裕を失いやすいのだと思います。
今では、疲れを溜めすぎないように、
一人になる時間を意識的に取り、休息を大切にするようになりました。
ただし、ここははっきりさせておきたいと思っています。
感情のコントロールが苦手だからといって、
人の心を傷つけていいわけではありません。
モラハラが起これば、私は我慢しません。
自分の心を守るために、距離を取ることも、行動することも選びます。
理解することと、耐え続けることは違う。
その線だけは、これからも大切にしたいです。
それでも、できる限り
「自分も、相手も、大切にするための対話」を続けていきたい。
完璧にはできなくても、ぶつかりながらでも、
対話の姿勢だけは手放さずにいたいと思っています。
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