テミスの不確かな法廷第2話をみました。
「こだわりを楽しむ、それくらいの感覚でいるといいと思うよ」
この言葉を聞いたとき、
それができたらどんなに楽だろうと思いました。
次女にはこだわりが色々あります。
・歯磨き粉の種類(最初は歯磨き粉自体嫌がりましたが慣れて特定の歯磨き粉なら磨けるようになりました)
・コップの色(違う色だと怒ります)
・いつも同じ編み込みの髪型がいい
・服は気に入って納得した服しか着ない、毎日同じ服ばかり着ている
・朝起こすのはパパがいい、ママだと怒る
ほかにもあげると沢山できりがありません。。。
どれも本人にとっては『どうでもいいこと』ではなく、安心して過ごすために必要なことです。
いつもと同じだと安心する気持ちは分からなくもないです。
常に同じ安心感を求めていることが、常同性といわれているものかと子育てで体感して知りました。
基本的には次女のこだわりを可能な範囲で尊重しています。(尊重しないと怒ったり泣いて大変という部分もあります)
そんな次女が今年の4月から小学1年生。
こだわりは人を巻き込むと我儘になってしまう。家ではこだわりを尊重してあげているけど、それは家族を巻き込んでいるため、我儘をきいてあげているということなのか?それは違うと思っているけど、わがままとこだわりの違いは何なのか。
まだ自分の中で答えは出ていません。
色々なところに出現するこだわりが学校生活の障壁にならないか、折り合いをつけられるのか、心配なことがつきません。
「こだわりを楽しむ」が学校でできたらいいのになぁ。
まずは家で、親である私がそう思えるようになりたいです。
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